解雇はその数によってリストラとして神聖化される

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思えば、新卒一括採用、企業内教育、寮社宅、福利厚生、組合による賃上げ、解雇制限などに基づいた終身雇用は、高度成長期の日本だったからこそ通用したもの。大企業が決して潰れなかった時代の古き良き制度だった。今は、日本のどこにもそのような大企業はない。

ITAIにより労働者の競争条件が大きく変っている。しかし、老いた日本の政治家や経営者の多くは、若かりし頃、自分たちが競争を勝ち抜いた昭和から平成に至る時代の労働者がベストだったという幻想に囚われている。労働者の競争条件が変っているにもかかわらず「努力をしないからだ」、「能力が無いからだ」と切り捨てる。早く世代交代しないと、日本の労働者は世界一不幸になってしまう。日本は資本主義なので、資本家にとって都合のよい非正規が主流になっていくのは当然の帰結なのか。悔しいが、資本家に労働を提供して対価を得ている限り、労働者は死ぬまで働かなければならなくなるだろう。

最近の日本の大企業では、役員以上の経営者になると、たとえ同期入社であっても、部長以下の社員で会社人生を終わる人の数倍の生涯報酬が得られる。大企業の中にも格差が広がっている。円安、株高、ゼロ金利の恩恵は大企業の経営者だけに行き渡る。庶民にとって円安、株高、ゼロ金利は残酷な金融制度に過ぎない。大企業の経営者は儲けたお金を日本国内に吐き出さない。内部留保として溜め込むか海外投資に注ぎ込む。困るのは、大企業の経営者の多くが、自己満足と海外に出張したいがために、英語もろくに話せないにもかかわらず、海外投資を繰り返すこと。年老いた大企業経営者の時代錯誤の冒険心と生きがいのために毎年数万人の従業員がリストラされる。

チャーリー・チャップリンは言っている「一人を殺せば殺人者だが、百万人を殺せば英雄だ。殺人はその数によって神聖化される」。企業のリストラもこれに似ている。「一人を解雇すればパワハラ上司だが、数万人を解雇すれば名経営者だ。解雇はその数によってリストラとして神聖化される。」