「半沢直樹」以上に会社人生はドラマチックだ【2】

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私は2年間のアメリカ留学後、帰国。新設された総務部「海外法務室」という部署に配属された。海外法務室は、全員、海外のロースクール卒という顔ぶれ。ユニークな職場だった。ただ、社内では「人間動物園」などと揶揄されていた。

しばらくして、初代海外法務室長が、プロデューサー兼執筆者として、金融財政事情研究会から「実践国際ビジネスQ&A-海外戦略のための法律武装」というビジネス書を出した。私は、その共著者となる幸運に恵まれた。書店に、自分の名前や経歴の載った本が並んでいるのを見るのが、こんなにもうれしいこととは思わなかった。その後も、仕事の傍ら、物を書いてきたが、最初の印象がベストだった。

前置きは、これくらいにして、話を進めよう。日本鋼管は、アメリカの鉄鋼メーカー「ナショナルスチール」を買収。このM&Aが大きなダメージをもたらした。当時、国内での鋼材需要は頭打ち。頼みの綱の海外も、アメリカでは、アンチ・ダンピングなど通商法による輸入規制の嵐。そうした状況を打開するための、窮余の一策としてのナショナルスチール買収。しかし、衰退していくアメリカ鉄鋼メーカーの買収という経済合理性のないM&Aで、日本鋼管は、坂道を転げ落ちることになる。

ただ、日本鋼管アメリカ進出の後を追うように続いた、日本企業によるアメリカでのM&Aのほとんども、失敗に終わっている。そう、日本は、 Japan As Number One などとおだてられて、アメリカ再建のために、いいように利用されただけ。このときの、アメリカ進出での苦い経験が、後の「グローバル化」をもたらしたのだろう。

長い間、業績不振が続いていたナショナルスチールに残されていたのは、「負の遺産」ばかり。従業員の退職金の積立不足や、退職者への年金・医療費用の支払負担、老朽化した設備の除却・更新などなど。とにかく、縁もゆかりも無いナショナルスチール再建のために、金をむしり取られた。Made in USA の鉄鋼を生産することによって、通商規制を回避する目論見は、木っ端微塵。一矢報いたとしたら、ナショナルスチールの「再上場」が成功し、「上場益」を得ることができたことくらい。私も、この再上場に参画し、ニューヨーク証券取引所での交渉やセレモニーなど、得がたい経験を積むことができた。

M&Aでは、買収対象企業に関して、開示されているデータを基に、「外部環境分析」、「企業価値を生み出す事業構造や業績構造の分析」、さらに「将来事業計画の分析」などを行い、おおよその買収価格を決めておかなければならない。というのも、 M&Aの最重要ファクターは、「いくらで買うか」ということだからだ。妥当な価格で買収できれば、 M&Aは、ひとまず成功。「統合計画」の方が重要だと言う専門家もいるが、「計画など未定であって、実行してみないとわからないことだらけ」。

とくに国際的なM&Aは、「リスクの塊」。上場企業だからといって、決して安心できない。証券取引法に基づき開示されたデータだけを鵜呑みにして買収したら、とんでもないことになる。そこで、M&Aに向けて、買収対象企業の経営環境や事業内容を精査し、事業の見通し、収益力、財務状況、法的問題点(労働、環境問題や訴訟、行政処分の状況など)を慎重に分析しなければならない。このプロセスを、デューディリジェンスDue diligence)という。人間で言えば「人間ドック」のようなもの。

デューディリジェンスの基本的な方法としては、買収対象企業のトップや役員、キーマンからのヒアリング(マネージメント・インタビュー)。買収対象企業から提出された書面に対する、ビジネス、ファイナンス、会計、法務の観点からの精査などなど。デューディリジェンスで洗い出されたリスクについては、期限を切って改善させるか、買収金額の調整で対応することになる。ただ、デューディリジェンスだけでは、到底、被買収企業のリスク全てを洗い出せるわけではない。そこで、洗い出せなかったリスクについては、顕在化した時点での回避策や、リスクに起因する損害の求償方法、さらには、買収価格の調整方法などを、M&Aの取引条件として、「契約書」に詳細に規定することになる。

M&Aは、被買収企業の「一部」または「全部」を、そのまま買い取ることができる便利な手法。成功すれば、あっという間に、買収企業の業容を拡大させることができる。しかし、失敗すれば、買収企業の存続を脅かすことになる。後者となった、日本鋼管は、「構造改革」というリストラの時代に突入していく。その総仕上げが、「川崎製鉄との統合」だった。私の会社人生も、その中で、「国際ビジスマン」から、「リストラ担当」、「統合準備委員会メンバー」へと目まぐるしく展開していくことになる。