英文契約書の解説(1)

英文契約書には、This Agreement…….. , Witnesseth that: ……. Whereas………Now, therefore……..などと独特の文言が使われており、アメリカ人でも契約書は弁護士任せというくらい一般人には,なじみにくい文章構成となっています。
ここでは、最初に英文契約書の文章構成について俯瞰しておきます。
伝統的な英文契約書は、This Agreementを主語、Witnessethを動詞、that以下の“Whereas Clause”及び各合意条項を目的語とする一つの長い文章として構成されています。
This Agreement, made and entered into.........から始まりWitnessethの前までの部分は、This Agreementを主語とし、made and entered into以下の部分をThis Agreementの修飾句とする構文となっています。そのため、動詞であるWitnessethの前には文章終了のピリオドではなくカンマが打たれ、修飾句の付いた主語であるThis Agreementに動詞であるWitnessethが続くという構文になっています。
なおwitnessethは、witnessの古い形の三人称単数形の動詞で、日本語の契約書の「本契約書は以下のことを証する」という記述の中の「証する」にあたります。
それでは、これから何回かに分けて、英文契約書理解のお役に立てるよう、契約書を構成する個々の条文について説明していきます。

1. Preamble(前文)
(1)契約書冒頭のPreamble(前文)に記載すべき内容は以下の通りです。
①契約書は、当事者、日付、契約締結に至る経緯、契約の目的・内容に関する説明条項からなるPreamble(前文)で始まります。
契約締結日は、契約書の冒頭に記載するのが一般的です。
This Agreement is made and entered into as of 28th day of December, 2019 by and between XYZ Corporation and ABC Corporation.
なお、この例では契約当事者が二人なのでbetweenを使っていますが、契約当事者が三人以上の場合にはamongとなります。
冒頭に記載される契約締結日は、契約書末尾の定型文(下記)の中のthe day and year first above written とか the date first above writtenという文言の指し示す「冒頭記載の日付」となります。
【契約書末尾の定型文】
IN WITNESS WHEREOF, the parties hereto have caused this Agreement to be executed by their duly authorized representatives as of the day and year first above written (the date first above written).
なお、この契約書末尾の定型文の冒頭の“IN WITNESS WHEREOF”には「上記合意の証として」という意味があります。
②契約は、締結の日に発効するのが一般的です。しかし、契約締結日をそのまま契約発効日とすることができない事情がある場合には、Preamble(前文)ではなく、契約書の中のDefinitions Clause(定義条項)あるいは、契約書の中に別途Effective Date of Agreement(契約発効日)という条項を起こして、契約の発効条件を詳述することになります。
請負契約などの場合には、契約発効日として、請負者が発注者に銀行発行のAdvance Payment Bond(前払金支払保証状)を引き渡し、それと引換えに発注者が請負者にAdvance Payment(前払金)を支払ったときに契約及びAdvance Payment Bondが発効するとする例があります。
また、M&A契約や株主間協定などでは、契約の当事会社の株主総会または取締役会などで「契約の締結を承認する」機関決定を得ることをもって契約が発効するとする例もあります。
さらに、ライセンス契約や合併契約の場合などには、契約当事者の属する国の関係当局(合併契約では、日本の場合、公正取引委員会)の承認等を条件とする例もあります。
③契約当事者が法人の場合、法人名、その所在地、設立準拠法を記載します。
設立準拠法は、日本法人であれば日本国法、米国法人であればニューヨーク州法あるいはデラウェア州法などとなります。米国の場合、会社法は国の法律である連邦法ではなく各州の州法であるため州法を記載することになります。
なお、わが国の会社法では、会社の商号には「株式会社」などの会社の種類を示す文字を用いなければならないとされています(会社法第6条)。米国の場合は、例えばニューヨーク州法では、会社の名称の末尾にCorporation (Corp.)、Incorporated (Inc.)、もしくはLimited (Ltd.) を付さなければならないとされています。
契約当事者である法人の所在地としては、本社もしくは本店として登記されている住所、または会社の主要な資産である工場などが立地している住所(principal place of business)を記載します。
契約当事者の所在地は、当事者が契約にあたって準拠法を合意していない場合には、国際私法上、契約紛争解決時の裁判管轄を決定する際の要件となりますから、必ず記載しなければなりません。
法人の設立準拠法は、当該法人の国籍を決定する要件ですので、これも必ず記載する必要があります。なお、米国、カナダ、オーストラリアなどの連邦国家の場合は、連邦法としての会社法は存在しないので、設立準拠法として州法を記載することになります。
④当事者の法人名については、契約書中で何度も出てくる毎に、いちいち表示するのは煩雑なので、日本の契約書でも『○○株式会社、以下「甲」と言う。』などと略称に置き換えます。英文契約書の場合にも同様で、法人名が最初に出てきたところでABC Corporation………..(hereinafter called “ABC”) または (hereinafter referred to as “ABC”)と略称に置き換えます。
(2)Preamble(前文)で重要な「契約の締結に至る経緯、契約の目的・内容」などを記載する説明条項
説明条項には、伝統的な様式である“Whereas Clause”型と、ややくだけた“Recitals”型の二つの様式があります。ただし最近では、相手方が米国企業の場合でも、必ずしも様式にこだわらない契約書を見かけるようになってきています。
①“Whereas Clause”型の構成
“This Agreement made and entered into……… by and between: …,”
“WITNESSETH THAT:”
“WHEREAS, …; and”
“WHEREAS, …”
“NOW, THEREFORE, in consideration of the mutual agreements and covenants contained herein, the parties hereto agree as follows:”
"Whereas Clauses"型では、主語である“This Agreement”の動詞は“WITNESSETH”です。“made and entered into”は主語である“This Agreement”の修飾句ですので、動詞"is"は不要です。
次に“in consideration of”ですが、これは「~を約因として」という意味で、この表現は英米契約法固有の約因理論に基づくものです。
「約因」とは英米法において約束に法的拘束力を与える対価関係のことです。そのため、約束の束とも言える契約に法的拘束力を与えるためには約因が必要となります。昔は、法的拘束力のある契約とするために約因として名目上の対価、例えば1ドルを支払うなどと記載されている契約もありました。しかし、現在では、文言だけが形式として残り実質的な意義はありません。
② “Recitals”型の構成
“This Agreement is made and entered into……., by and between: ……..”
すでに述べたとおり、Whereas Clauses型では“made and entered into”は、主語である“This Agreement”の修飾句となるため動詞の“is”は不要ですが、“Recitals”型では“made and entered into”は述語となるため動詞の“is”が必要となります。
“RECITALS”
“1. …”
“2. …”
“NOW, THEREFORE, in consideration of the mutual agreements contained herein, the parties hereto agree as follows:”
なお、契約書によっては
This Agreement made and entered into…, by and between: …,
WITNESSETH:
RECITALS:
1. …
2. …"
あるいは
This Agreement is made and entered into…, by and between:…
WHEREAS, …: and
WHEREAS, …"
などの例もあり、必ずしも、動詞としてWITNESSETHを使うからWHEREAS型、isを使うからRECITALS型とは限らず、二つの様式を混ぜ合わせたような構成の契約書も多いようです。
(3)WHEREASやRECITALSで始まる「契約の締結に至る経緯、契約の目的・内容」などを記載する説明条項は、例外的な場合を除き特段の法的効力を持たないとされているます。そのため、説明条項がなくても契約は有効に成立します。ただし、以下の場合には説明条項が法的効力を持つことがあります。
a.契約本文の条項の趣旨が不明確であるとき、当事者の意思や合意内容を推認するための拠り所として。
b.「表明による禁反言の原則」estoppel by representationとして
相手方に対し不真実な表明をし、その相手方が不真実な表明を信頼して行動したときは、不真実な表明をした者は、それ以後、自己の表明が不真実であったと申し立てることや、相手方を誤導した不真実の代わりに客観的事実を主張することは許されないという法理が「表明による禁反言の原則」です。
したがって、説明条項において一定の事実を表明した当事者は、その事実に反する主張を訴訟上できなくなることがあります。
説明条項の記載内容については、後で相手方から思わぬ言いがかりをつけられないよう十分に検討し、不必要なことには触れず、できるだけ簡明にすべきです。
なお、何らかの目的で説明条項に明確な法的効力を持たせたい場合には、冒頭の説明条項としてではなく、契約本文中に別途Representation and Warranty Clause(表明保証条項)を起こして、明確に保証する必要があります。通例、M&A契約などでは、膨大な表明保証条項が設けられます。
(4)英文契約書では、英国法や米国法を準拠法としていなくても、英米法の伝統的な約因理論に準じた “in consideration of …”という表現を記載することが多いようです。
昔、英米法では、法的拘束力を認められているdeed(捺印証書)によらない契約の場合には、当事者間に何らかの対価関係があり、それがconsideration(約因)として相互に交換されていること(bargain for exchange)が、契約に法的拘束力(enforceable by law)を与える根拠とされていたからです。
しかし、現在では契約書の様式や表現により契約内容の効力が左右されることはありません。このため、契約書に “in consideration of …”と記載する必要はありませんが、契約書の体裁という点で、こうした文語的な表現が今でも好まれているようです。
なお、deed(捺印証書)には、片務契約に用いるdeed poll(平型捺印証書)や双務契約に用いるdeed indented, deed of indentureあるいは単にindentureと呼ばれる歯型捺印証書などがあります。
(5)最後に契約書にかかる日本の印紙税についてお話します。
印紙税は日本国の税法で定められています。国内で成立した文書については、印紙を添付すべきとされています。しかし、国際契約の場合には、契約締結地が日本国外であれば、国内で成立した文書とはならないので、日本国の印紙税法の適用はなく、日本法上の印紙は不要となります。
契約締結地がどこであるかについては、契約書面上に契約締結地を記載すればよいのですが、実際には、契約締結地の記載がないものも多いのです。
この場合、当該契約書に最後に署名した当事者が外国法人であれば(契約調印者のサインに日付を記載して、誰が最後にサインしたのかを明確にする必要があります)、日本国の印紙税法の適用はなくなります。

1.文例
(1) “Whereas Clause”型の基本型
SALES AGREEMENT
This Agreement made and entered into this first day of January, 2020, by and between:
(i)XYZ Corporation, a corporation duly organized and existing under the laws of Japan, having its principal place of business at        , Marunouchi, Chiyoda-ku, Tokyo 100, Japan (hereinafter called “XYZ”), and
(ii)ABC Engineering, Inc, a corporation duly organized and existing under the laws of the state of Delaware, having its principal place of business at         , Pennsylvania, U.S.A. (hereinafter called “ABC”),
WITNESSETH THAT:
WHEREAS, XYZ desires to sell to ABC certain products hereinafter set forth; and
WHEREAS, ABC is willing to purchase from XYZ such products;
NOW, THEREFORE, in consideration of the mutual agreements contained herein, the parties hereto agree as follows:
Clause 1 …
(2) “Recitals”型の基本型
SALES AGREEMENT
This Agreement is made and entered into this first day of January, 2020, by and between:
(i)XYZ Corporation, a corporation duly organized and existing under the laws of Japan, having its principal place of business at        Marunouchi, Chiyoda-ku, Tokyo 100, Japan (hereinafter called “XYZ”), and
(ii)ABC Engineering, Inc, a corporation duly organized and existing under the laws of the state of Delaware, having its principal place of business at        , Pennsylvania, U.S.A. (hereinafter called “ABC”).
RECITALS
1. XYZ desires to sell to ABC certain products hereinafter set forth.
2. ABC is willing to purchase from XYZ such products.
NOW, THEREFORE, in consideration of the mutual agreements contained herein, the parties hereto agree as follows:
Clause 1 …