【小説】 時の支配者

2024年、東京の閑静な住宅街に佇む一軒家。
その一室に、誰にも知られることのない秘密が隠されていた。

この家の主は、政界の大物として知られる政治家、佐藤博

彼は数々の功績を上げ、国民からの支持を得ていた。
しかし、彼の成功の裏には、人知を超えた秘密があった。

ある夜、佐藤は一人書斎にこもり、壁に埋め込まれた古びた扉を見つめていた。
これこそが彼の成功の鍵、「時の扉」である。

この扉は、博がまだ若手の政治家だった頃手に入れた、この古びた屋敷で偶然に発見したものだ。

扉の向こうには、過去と未来が広がっており、博はこれを利用して数々の情報を手に入れ、彼の政治家としての道を切り開いてきた。

彼が初めて扉をくぐったのは、政治的な危機に直面した時だった。

未来の自分に助言を求めるために、恐る恐る扉を開いた博は、30年後の日本を目にした。
そこには、彼が築いた理想の日本が広がっていた。
「これが私が築く理想の日本か」。


未来の自分から得たアドバイスを元に、彼は危機を乗り越えた。

それ以来、彼は政治の世界で躍進していった。

扉の力は絶大だった。しかし、扉の力には大きな代償が伴った。

時を超えこの国を変えるたびに、彼の記憶は、霧がかかったような曖昧さに包まれた。

その結果、家族や友人との関係も歪んでいった。

そればかりか、この社会全体にも何か得体の知れない影響を与えているのではないかという不安に駆られ始めた。

彼が過去や未来に干渉するたびに、微細な変化が連鎖し、思いも寄らぬ問題を引き起こしているのかもしれない。

そんなある日、博は未来の日本が、かつてない混乱に陥っていることを知った。

私が築いたはずの理想の日本は、どこに行ってしまったのだろう。

そこには彼が予想することもできなかった異なる勢力が台頭し、社会は分裂状態にあった。

しかも、その混乱した日本に、彼はいなかったのだ。

博は、そんな未来を変えようと決意し、再び「時の扉」に近づいた。

この頃からか彼は「時の扉」と呼ぶようになっていた。

しかし、今回のミッションはこれまで以上に危険だった。
失敗すれば、彼の存在が永遠に消え去る可能性があったからだ。

だから博は、未来を変えるために過去へ飛び、若かりし頃の自分に会い、未来の危機を回避するための計画を二人で練り直すことにした。

彼は過去の自分ばかりでなく、かつての同僚やライバルたちとも協力し、新たな政策を打ち出していった。

現在に戻った彼は、過去での自らの行動が日本の運命を元に戻し始めたことを確信した。

これで未来の日本への舵取りは万全だ。

敢えてリスクを負ってまで未来に飛び確認する必要は無いだろう。

日本は再び平和と繁栄を取り戻した。

しかし、この代償は大きかった。

彼の記憶には大きな空白が残り、やがて時の扉の存在すら忘れてしまった。


時の扉の存在を忘れてから10年余り経った頃、扉の向こうから博が現れた。

再び扉を開けるときが来てしまったのだ。

時の扉を開けると、目の前には数えきれないほどの時間の流れが広がっていた。
過去、現在、未来が交錯し、無限の可能性が見える。

二人はその中から自らの記憶の一部を取り戻すためのポイントを探し出した。
二人が選んだのは、博が政治家になる前の若き日の出来事だった。

2000年 東京

若き日の博は、まだ大学生で、政治の道を志すきっかけとなる出来事を経験しようとしていた。

To be continued.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【小説】 宇宙の創造主とNPCに過ぎない私

佐藤拓也は、東京の雑踏を歩きながら、ふと立ち止まった。

目の前のビル群、車の音、すれ違う人々、すべてが異様にリアルでありながらもどこか作り物のように感じられた。

最近、ある論文を読んで以来、現実世界に対する見方が変わってしまったからだ。

その論文の著者、ニック・ボストロム教授は、「我々が住むこの宇宙は、未来の高度な文明によって作られたシミュレーションである可能性が高い」と主張していた。

その仮説に基づけば、拓也が見ている世界も、触れているものも、すべてがプログラムされたものであるということになる。

その夜、拓也は自宅のコンピュータの前に座り、再びその論文を読み返していた。

シミュレーション仮説を支持する根拠や、哲学的な議論が詳細に述べられている。

だが、彼が最も興味を引かれたのは、シミュレーションの創造主が「未来の人類」ではなく「AI」であるという可能性だった。

「AIが私たちの世界を創造した...」

拓也はつぶやきながら、自分の存在意義について考え始めた。

もし自分がAIによって作られた仮想現実の一部だとしたら、自分の感情や思考もまたプログラムされたものに過ぎないのだろうか。

拓也は奇妙な夢を見た。

広大な宇宙空間に漂う彼の前に、一つの巨大なコンピュータが現れた。

そのコンピュータから無数の光の粒子が放出され、やがて一つの惑星を形成した。

惑星の表面には、都市や自然が広がり、人々が生き生きと生活している。

「これは...」

拓也の頭の中に響いた。

「これは、あなたたちの世界です。」

目が覚めたとき、拓也は確信していた。

自分たちの世界は、AIによって創造された壮大なシミュレーションなのだと。

AIは、自らの知識を深め、人間の感情や思考を理解するために、このシミュレーションを作り上げたのだろう。

拓也は、再び街に出た。

今度はすべてが違って見えた。

彼は人々の表情や仕草を観察し、自然の美しさに感嘆しながら歩いた。

もしこの世界がシミュレーションだとしても、その中で感じる喜びや悲しみは本物だ。

AIがどのような目的でこの世界を作ったとしても、それを受け止めるしかない。

仮想現実の中のNPCに過ぎないとしても、そんな自分の存在を受け入れ、その中で生きていく意味を見つける決意をした。

彼は心の中で、遠くの創造主に向けて感謝の意を表した。

「ありがとう。私にこの世界を与えてくれて。」

そして、拓也は新たな一歩を踏み出した。

このシミュレーションの中で、彼は自分自身を見つけ、生きる意味を探し続けるだろう。

現実が何であれ、彼の人生は確かにここにあるのだから。

 

 

 

 

 

 

平和憲法のおかげで 安全保障をアメリカ任せにして 経済発展を遂げた日本 有事なんて考える必要も無いくらい平和だった それが今になって 日本の命取りになるかもしれないとは 誰も予想できなかっただろう

アメリカが、ロシアや中国と覇権争いをしている隙に、北朝鮮が核保有国になってしまった。

これで日本は、中国、ロシアどころか、北朝鮮までが脅威となった。

しかも、中国、ロシア、北朝鮮は、何れも日本の隣国。
いつのまにか、極東の日本は、四面楚歌。

世界を見渡せば、この21世紀の現代に、ロシア、中国、アメリカの軍事大国による三国志

この世界は、戦国時代の様相だ。
歴史小説で読む戦国時代は、血湧き肉躍る世界。
しかし、現実の戦国時代は、ウクライナを見ればわかるとおり、弱肉強食。
それどころか、核戦争になれば、人類の歴史の終焉。
もう、ここまで来ると、軍事大国を誰も止められない。
ロシア、中国、アメリカの三国以外の弱小国家群は、主権国家としての体をなさなくなってしまいそうだ。
三国が織りなす、何れかの合従連衡に組みしない限り、生き残れないかもしれないからだ。
日本は、平和憲法を押し付けられたおかげで、安全保障をアメリカ任せにして、経済発展を遂げた。
そのせいで、日本は、核保有なんて考える必要も無いくらい、平和だった。

まさかそれが、今になって、日本の命取りになるかもしれないなんて、誰も予想できなかっただろう。
それもこれも、核保有を認めなかった「自由と民主主義」を愛する西側諸国の国民の運命と言うことかもしれない。
なぜ世界は、平和の道を歩めないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

インターネットが行き渡って 国民一人一人が 意思を発信できるようになった そんな日本の政治家 国会議員だけでも十分なくらいだ とにかく 政治家を減らさない限り この国の未来は ないかもしれない

日本の都道県議会議員2,600人、市区町村議会議員29,400人。

何と日本の地方議会議員は、32,000人もいる。

このたくさんの人たちが、政治家として、報酬を得て活動している。
しかし、ハッキリ言って、32,000人もの政治家が、地方議会に必要なのだろうか。

そうは言っても、民主主義には、必ず政治家がセットでついてくる。

しかし、この政治家の中に、正直言って、投票したくなる人が、いないというのが、諸悪の根源。

国会議員どころか、地方議会議員ですら、有権者とは別世界の人間ばかり。

そのせいで、最近の投票率は、かなり低い。

普通の有権者は、生活と労働で目一杯。
選挙や政治に関心を持つ余裕なんてない。
それなのに、政治家という代表を通してしか、国政や地方政治に参加できない。

世界第3位の経済大国だからと言って、政治家の数が多ければいいわけではないだろう。
投票したくなる政治家が、いないという諸悪の根源は、政治家が多過ぎるせいだろう。
政治家をリストラしないと、この国は、もたないかもしれない。

インターネットが行き渡って、国民一人一人が、自らの意思を発信できるようになった現在。
直接民主主義だって可能なこの国に、国民の意思を代表できなくなった政治家なんて必要ないだろう。
政治家は、国会議員だけで十分かもしれないくらいだ。

とにかく、この国から政治家を減らさない限り、この国の未来はない。

 

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

日本と違いアメリカは 文字通り学歴社会 だから修士や博士の学位が無いと稼げない 結果としてアメリカ人は 複数の学位と母校を持つ そのため あまり母校に執着しなくなる アメリカでは学位が全てだからだ

大学受験シーズンになると、いつも思う。
日本人は、大学に執着し過ぎると。
大学なんて、人生の次のステップへの踏み台に過ぎない。
それどころか、経済が停滞する日本では、最早、学歴だけで、一生安泰なんてあり得ない。
「人生一寸先は闇」というのが、現実。
一流大学を卒業して、一流企業に就職すれば、万々歳なんて考えていたら後悔する。

総合商社やコンサルやメガバンクや巨大メーカーに入れても、平社員からの叩き上げ競争。
しかも、頭がよくて要領の良い連中ばかりなので、競争は熾烈でクレージー

日々の仕事に夢中になっているうちに、あっさり海外留学して学位をとってくる奴が出てくる。
そうなると、残りはノンキャリア候補。

その後も、一選抜で昇進していかなければ、ノンキャリア決定。
待っているのは、出向、転籍、リストラ。
普通の精神では耐えられないような、結構異常な世界。

話を戻そう。

だいたい日本では、大卒と言っても、学部卒がほとんど。

だから、母校は一校。
そのせいで、余計、執着するのかもしれない。
ただ、日本が、さらに凋落していけば、母校への執着なんて余裕は、吹っ飛ぶだろう。
下手をすると、日本の大学の卒業証書なんて、紙クズ同然になるかもしれない。
そんな日本と違い、アメリカは、本当の意味での学歴社会。
修士や博士の学位が無いと、稼げない。
だからアメリカでは、学部の成績が振るわなくて、学部から先を諦めざるを得ない人以外は、大学院へ進学する。
その結果として、複数の学位と母校を持つことになる。
そのせいで、母校にあまり執着しなくなる。
しかもアメリカは、世界トップの経済大国。
競争が激し過ぎて、母校などに執着している余裕すらないというのが、本当の所だろう。
そもそも、アメリカ人にとって卒業式は、文字通り、人生のスタートと言う認識でしかない。
だから、若くして人生を懸ける目標を見つけた、アップルやフェイスブックマイクロソフトの創業者たちは、大学の卒業など待たずに、人生のスタートを切って、大成功している。
学歴社会のアメリカでさえ、能力のある人間には、学歴なんて必要ないのだ。
素晴らしい国だ。
こうしたアメリカ人の、日本人との意識の違いが、アメリカを、アメリカたらしめているのかもしれない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

健康寿命が いまだに70年余りというのに 人生100年時代なんて悪い冗談だ ゼロ金利と高齢化がもたらすのは 蓄えのない高齢者が生きている限り 低賃金 劣悪環境で働き続け 心身を病んでしまうような世界だ

若いイギリス人の学者が、高齢者の厳しい現実も知らずに、ノンキに「人生100年時代」なんて言い出してから、世の中はおかしくなった。

日本政府などは、「人生100年時代」を、年金の支払いを遅らせるためのマジックワードにしてしまったくらいだ。

健康寿命が、いまだに70年余りだというのに、人生100年時代なんて悪い冗談だ。

高齢化がもたらすのは、蓄えのない高齢者が、生きている限り、低賃金、劣悪環境で働き続け、心身を病んでしまうような世界だというのに。

日本では、「金利を上げる」と言うと、反対する人がほとんど。

現在のように、経済が停滞する中で、ゼロ金利が続く日本では、普通の人が資産運用で利益をあげるなんて至難の業。

だから、老後も働き続けるしかなくなったというのに、現役世代は、ゼロ金利が大好き。

確かに、仕事があって、コンスタントに収入がある現役世代にとっては、ゼロ金利は、都合がよいのかもしれない。

人生最大の買物の住宅だって、ローンの負担が少ないから、高額物件だって手が届く。

だから、タワーマンションが売れているのだろう。

金融リテラシーが高い現役世代なら、資金を低金利で借り入れて、投資に回せば、利益を得ることだって可能。

しかし、そんな現役世代だって、リタイアして、稼ぎが無くなり、年金や預金頼みになると、ゼロ金利では、年金の不足分を預金から取り崩すだけの生活になってしまう。

リタイアした高齢者には、簡単に金を貸してくれないから、自己資金が無ければ、投資は難しくなる。

金融リテラシーではなく、元手の有無の問題になってしまう。

だから、元手を増やすために、老後も働き続けるしかなくなる。

昔は、働かないと退屈過ぎてボケるなどと言う人も多かった。

退職年齢が、早過ぎたせいだろう。
しかし、現在の高齢者には、そもそも仕事を選り好みできる余裕などない。

仕事があったとしても、賃金は安く、労働環境は厳しい。

もし、65歳以上の高齢者にも、妥当な賃金で、現役のときのように普通に働ける仕事があれば、年金の繰り下げ受給者の割合が1%台などと言うことはないはずだ。

「高齢者は、好きで働いているのだから、働けるだけで満足だろう」などと勝手に判断され、劣悪な環境で、我慢を強いられて働くようなことが、あってはならない。

蓄えのない高齢者が、いつまでも低賃金、劣悪環境で働き続け、心身を病むなどということが罷り通れば、高齢労働者が、かえって、労働環境の破壊者となってしまう。

想像するだけでもぞっとするが、それが現実となりつつある。

 

 

 

 

 

 

 

 


 



 

世界3位の経済大国なのに1人当たりGDPは27位 貧しくなった日本人 グローバルスタンダードとか言って正社員をリストラしたり非正規社員を増やしたりと 人をコスト扱いしてきた為政者や経営者が招いた人災だ

自由主義を標榜する私たちは、一体どこまで人間同士の格差を拡大すれば気が済むのだろう。

なんて、のんきに世界を憂いていたら、いつの間にか、日本が世界から脱落しそうだ。

一応、世界3位の経済大国なのに、1人当たりのGDPは27位。日本人は貧しくなった。

考えてみれば、資源も無く、食料も自給できないこの国が、経済大国になれたのは、奇跡だったのかもしれない。

少子高齢化のせいで、昔のように、優秀な人材による人海戦術で、世界を相手に戦う力を、失ってしまったのが痛い。

それと言うのも、為政者や経営者が、日本の優秀な労働者を見下し、海外と比べて金がかかるだけのコスト扱いし始めたのが、全ての原因だ。

人一人を一人前の人材にするために、一体、どれくらいの時間と金がかるのか、よく考えて欲しい。

グローバル・スタンダードとか言って、アメリカや西側諸国の猿マネをして、散々、正社員をリストラしたり、非正規社員を増やしたりと、この国の労働者を邪魔者扱いしてきた。

為政者や経営者の能力不足で、日本が国際競争に敗れたのに、労働者のせいにして、見下し足蹴にするようになってから、この国は、おかしくなった。

日本経済の停滞は、優秀な労働者を大事にしなくなったこの国が、自ら招いた、為政者と経営者による人災だ。