日本は アメリカや中国という大国の機嫌を損ねないように プライドをかなぐり捨てて おとなしくするのが 唯一の外交政策だろう

北朝鮮が日本に向けてミサイルを発射してきても、韓国とアメリカ以外は全く無関心。

仮に、北朝鮮のミサイルが日本を直撃しても、それは「日本有事」に過ぎず、世界は口出し以外、何もしてくれないだろう。

そもそも、日本が属する西側諸国は、全て「自由と民主主義」の国家。

だから自国民を犠牲にして、日本を助けてくれるなんてことは有り得ない。

アメリカだって「自由と民主主義」の本家だから、アメリカ国民の意思を無視して「日本有事」に介入することはない。

だいたいアメリカや欧州の白人は、アジア人のために血を流す気なんてないだろう。

最近の日本人は、太平洋戦争や1990年台以降の経済戦争で、日本を完膚無きまでに破ったアメリカの軍事力や経済力を過大評価する傾向がある。

その一方で、中国を過小評価する傾向がある。

困ったことだ。

おそらく今後10年以内に、アメリカは経済力でも軍事力でも、中国に歯が立たなくなるだろう。

そうなると、したたかなアメリカのことだから、China as number oneなどとおだてて、突然「親中国家」へと変貌する可能性がある。

それがドライなアメリカの凄いところだ。

日本がいくら「忠犬ハチ公」のようにアメリカについて行っても、「米中デタント」が実現すれば、邪魔になる日本など直ぐに捨てられるかもしれない。

これからの日本は、アメリカや中国という大国の機嫌を損ねないように、プライドをかなぐり捨てて、おとなしくするのが唯一の外交政策だろう。

そんな卑屈な日本がいやなら、日本を捨ててアメリカか欧州か中国に行くしかない。

 

 

 

「民主主義」の最大のメリットは 政権を倒したいという国民が 武器を持って 命懸けで戦わなくても 「選挙」で政権を倒すことができることだ この機能は素晴らしい

「ヤメ政治家」のコメンテーターは、「政治の力」だ「リーダーシップ」だとよく言うが、笑止千万だ。

政治家を首になったり、勝手に辞めたような「ヤメ政治家」が、「政治の力」だ「リーダーシップ」だなどと、一体どの口が言うのか。

真面目に努力をして、一歩一歩、社会というピラミッドを登って、その経験と成果を携えて政治家になるという「まともな民主主義の時代」は、とっくの昔に終わったようだ。

とにかく「金持ちになりたい」、「目立ちたい」、「人の上に立って威張りたい」、「承認願望を満たしたい」連中が、楽をして政治家という上級国民になりたがる。

人事の世界で有名な「ヤル気と能力の分類」がある。

①ヤル気があって能力が有る人

②ヤル気があって能力が無い人

③ヤル気が無くて能力が有る人

④ヤル気が無くて能力が無い人

人事評価が一番低いのは②の能力が無いのにヤル気が有るタイプ。とにかく扱い難くて一番厄介。

まさに「政治の力」や「リーダーシップ」が大好きな「ヤメ政治家」のようなタイプだ。

そもそも「政治の力」と「リーダーシップ」が、一番発揮されているのは「独裁国家」。おそらくロシアや中国や北朝鮮と言うことになるが、いずれも時代錯誤の「独裁国家」。

ただ、よくよく考えてみたら、急速にデジタル化が進む現在、政治家以上の能力を持つ多くの国民を差し置いて、「家業政治家」や「利権政治家」に政治を任せてしまう我が国の「代表民主主義」にも、時代錯誤の危うさを感じる。

デジタル社会では、直接民主主義だって可能なのだから。いまさら「代表」なんていらないだろう。

そうは言っても、今はまだ過渡期。「代表」を選ぶための「選挙」が必要。

今のところ「代表民主主義」の唯一のメリットは「選挙」

日本の元首である総理大臣と言っても、一議員だから、選挙で落選すれば「ただの人」。

政権政党と言っても、選挙で多数の議席を失えば「政治の表舞台から退場」だ。

政権を倒したいという国民が、武器を持って、命懸けで戦わなくても、選挙で政権を倒すことができる。

この機能は実に素晴らしい。

 

 

 

「国会議員は国民のしもべ」それに相応しい待遇に改革しよう

国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である国会。

その国会議員の数は、多過ぎる。

少子高齢化などで、経済が成長しなくなった日本。その最高機関である国会にも、民間企業と同様に、リストラが必要だ。

そもそも、自民党の中にすら、たくさんの派閥があるのだから、先ずは国会議員の定数削減だ。

現在、衆議院議員の定数は465人、参議院議員の定数は248人、合計713人。馬鹿げた人数だ。

「ボス議員の言いなり」で、一人では何もできないレベルの国会議員なんて、何人いても意味がない。

だいたい現行憲法ですら「衆議院の優越」が認められているのだから、参議院なんていらない。

国会は、衆議院だけでよい。

国会議員は100人で十分。

さらに国会議員には「年俸」と「定年制」も必要だ。

日本は、資本主義国家なのだから、民間企業の動向に合わせなければいけない。

日本人の平均年収を考慮すれば、国会議員の年俸は500万円。

定年は65歳だろう。

 

 

 

全ての政治家に望むことは 「日本人が いつまでも 優しいままでいられるようにして欲しい」ということだけだ

自民党の良いところは、政治理念やイデオロギーにこだわる野党とは違い、節操がない位に融通無碍でプラグマティックなところだ。

ところが最近では、自民党の売りの「経済政策」に自信が無くなったせいか、イデオロギーとまではいかないまでも、妙に政治理念にこだわる政党になってしまった。

ガッカリだ。

その昔、この日本で革命でも起きるのではないかと思えるほど騒乱が続いた。

その中で、それをものともせずに高度経済成長を実現したのが自民党

自民党の融通無碍なプラグマティズムが、この国を繁栄に導いたとも言える。

褒め過ぎか。

全ての政治家の皆さんに言いたい。

昔も今も、国民が望んでいるのは、「政治理念」や「イデオロギー」では無い。

経済の繁栄と、平和で安全で、豊かな暮らしなのだ。

与党も野党も「自由と民主主義」の国家の政党らしく、もっと国民に寄り添った、プラグマティックな政党になって欲しい。

ところで、ロシアのウクライナ侵攻以来、メディアを通してロシアやウクライナや米欧の政治家を見る機会が増えた。

それで感じたのだが、彼ら彼女らは、日本の政治家に比べて、ハッキリ言ってつかみどころが無くて怖い。

世界中の政治家が、平和ボケした日本の政治家のようになってくれれば、この世界から戦争が無くなるだろうと感じた。

日本人は優しい。

全ての政治家に望むのは「日本人が、いつまでも優しいままでいられるようにして欲しい」ということだ。

 

ロシアのウクライナ侵攻のせいでよく分かった この国に政権を取れない万年野党なんていらないと言うことが

ロシアのウクライナ侵攻のせいで、この国には野党はいらないということがよく分かった。

野党の存在は、特に日本の安全保障にとっては「百害あって一利なし」だ。

これまで政権政党である自民党が、日本国政府として国際社会と関わってきたのだから、野党の出る幕など無いのは当然かもしれない。

それにしても野党はお粗末過ぎる。

政権政党である自民党は、常に国民やメディアの批判にさらされているから、イデオロギーより現実重視で臨機応変

だから時間はかかるが、責任政党として少しずつ軌道修正される。

急激な軌道修正は、かえって混乱を招くだけなので、やむを得ないだろう。しかも、混乱の原因が野党にあることが多いというのは全く困ったことだ。

一方、野党はというと。国民やメディアの批判の対象外。ガン無視されてきたと言っても過言ではない。

結局、政権を取れないような野党は、国民やメディアからも相手にされていない。

そのせいで、野党は「国会議員というセレブな地位」に安住するだけの凡人ばかりに堕落していくようだ。

国の舵取りとは無縁のまま、劣化していくだけの野党なんていらないだろう。

小説の世界なら、野党議員は全員リストラ、自民党を二つの政党に再編し、ニ大政党制にしたいくらいだ。

さらに言うと参議院はいらない。衆議院だけで十分。議員数も半分でいいだろう。

 

 

 

「国家や言語の呪縛から如何に逃れるか」それが日本人の宿命だ

日本の高校から直接アメリカの大学に入るというルートが持て囃されている。

当然だろう。ロシアのウクライナ侵攻を見ていれば分かる。生まれた国に呪縛されていたら、命まで失いかねないからだ。

ウクライナの人たちも「自由と民主主義」を、国や政治家や軍人任せにしたせいで、「自由と民主主義」の代償に命まで差し出さなければならなくなった。あまりに理不尽だ。

そんなウクライナと同じ地球上の「自由と民主主義」の元祖とも言えるアメリカでは、自由を謳歌して巨万の富を築いている人間がたくさんいるというのに。

全く不条理な世界だ。

生まれた国がウクライナか、アメリカかの違いだけで、人生や生死まで国家に左右される。残酷だ。

生まれた国でいくら頑張ったところで、ロシア人やウクライナ人とアメリカ人とでは、人生に格差があり過ぎる。

能力がある人は、生まれた国にこだわらずに、アメリカに行くべきだ。

最近の日本のノーベル賞受賞者を見ていても、それを感じる。

日本の理不尽な研究環境に見切りを付け、日本を捨てて、アメリカで研究を続けた結果、ノーベル賞を受賞した研究者が目立つからだ。

学問の世界では最早、日本の大学で学んでも世界では通用しなくなってしまった。

その原因は、ガラパゴス言語となってしまった日本語のせいでもある。

もし、第二次世界大戦後、GHQが強引にでも、日本の母国語を英語に変えてくれていたらと思うと、残念でしょうがない。

今頃、京大や東大は、世界大学ランキングのトップテンの常連だっただろう。

もしかしたら、日本経済も右肩上がりが続き、本当にJapan as Number Oneになっていたかもしれない。

「国家や言語の呪縛から如何に逃れるか」それが今の日本人が先ず考えるべき命題だ。

特に若者は、日本にこだわっていたら未来はないだろう。

 

 

超常現象

昔は、幽霊とか、心霊現象とか、輪廻転生とか、宇宙人とかいった「超常現象」の話が大好きな人が多かったような気がする。

最近では、宇宙人は別として、幽霊が本当にいると思っている人は、あまりいないのではないか。

コロナやロシアのウクライナ侵攻などと日常が超常化しているせいかもしれない。

今日は超常現象の話だ。

そもそも、幽霊には物理法則が当てはまらない。だから、その存在を立証しようにも手立てがない。

重力や慣性の法則などとは全く無縁な存在。質量もないだろうから、アインシュタインE=mc2なんて数式も当てはまらない。

ただ心配しなくても幽霊のことだから、霊力で、無からエネルギーを創り出せるのかもしれない。

気になるのは、物理法則が当てはまらない幽霊が、どうやってこの宇宙に登場したのかということだ。

宇宙と言ってしまうと、幽霊が場違いな感じになるのが面白い。

137億年前のビッグバンで、宇宙と一緒に幽霊が登場。

ただこれでは、まだこの地球も無かったのだから話にならない。

しょうがないので、現在の話にしよう。それでも、けっこう無理が出る。

なぜ、高速で拡大する宇宙の中で、自転し、太陽の周りを公転するこの地球上の特定の地点に幽霊がいられるのかということだ。

高性能のGPS的霊力でも持っているのか。

そうでもなければ、下手をすると幽霊は、地球の表面ではなく、深海か、地殻の奥深く、はたまたマグマの中か。

果ては地球の動きに追い付けずに、宇宙空間に放り出されてしまう。

宇宙空間を彷徨う幽霊なんて、とてもロマンチックだが、祟る相手には、永久に近づけない。

これも、霊力でなんとかなるのかもしれないが。

輪廻転生の話も、仮に魂が、全ての生き物の間で輪廻転生するならば、私たちのうちの誰かは、どこかの星の宇宙人の生まれ変わりということになる。

宇宙人の生まれ変わりなんてSF的でワクワクする。

そうではなく、魂は人の間でしか輪廻転生しないということなら、人口が爆発的に増えた現在の、およそ80億人の中には、誰の生まれ変わりでもない、魂のない人がたくさんいることになる。

魂の在庫には、限りがあるからだ。

そう言えば最近、世の中がおかしくなってきた理由は、もしかしたら魂のない人が増えたからかもしれない。

こちらは、霊力では、どうしようもないということか。

21世紀の現在、超常現象の主人公は、最早、宇宙人だけらしい。

いや待てよ、強力なライバルがいる。それはゾンビだ。